2017年11月20日月曜日

ツール・ド・かつらお 650kJ(2017/11/05)

[天気]晴れ
[気温]5℃~10℃
[風]4
[体重]63.5kg
[アクティビティ]レース 31km x 2

いろいろ恥ずかしい点があったので、なかなか筆が重いのですが、だからこそ書いておかねばならない。

事前に経路検索したところレースの行われる葛尾村は宮城から海側を行くと割りと近いようだ。
2時間で着く。
レース開始が9時なのでスケジュール的には余裕あり。
珍しく早めに家を出て順調に道程も進み受付開始時間の7:30分には着く感じ。
海側を行って浪江から国道114号線で内陸に入ると、なんか雰囲気がガラッと変わった。
車も通ってないし、いたるところに「この先帰還困難区域」の看板が。
国道399号線も通行止め。あと5kmなのだが。。。。
結局二本松方面へぐるっと回って到着したのが8:30くらい。
帰還困難地域というのがあることは知っていたが、いまだにこんな広域にわたって指定区域があることを知らなかった。
つまるところ何も知らなかった、ということを認識しました。恥ずかしいことです。
このことだけでも、葛尾村に行ってよかったなと思っております。

この看板が一つでも減ることを願う


いそいでレースの準備をしてたら、すぐに開会式が始まって、もうスタート。
服装は
上:ウールジャージ+ウールアームカバー
下:ビブショーツ
気温はおそらく5℃~10℃の間でしょう。太陽が隠れると寒くなるパターン。

コースの下見もアップも無しでスタート。
いきなり登りだが、ローリングスタートなので問題なし。
タローちゃんがいたのですこし言葉を交わす。
「落ち葉などがあるので、何人かはコケるべね」と俺の談。これが布石となる。

パレード中は道が狭いのが恐い。目の前で後輪滑らせている人がいた。むむむ。
エントリー100人出走70人強とあとから聞いた。
リアルスタートがいつだったのかわからないが、そんなにドカンとはあがらなかったので自分としてはラッキーだった。

序盤はまったりと進んでいた印象。川沿いのみちから左折して丘を登る。3~5%の坂とも言えない登りが続く。
あまり苦しくない。後ろはあまり見ないのだが前には常に50人位いたと思うので、集団やや後方にいたのであろう。
途中なんでもないところで落車発生。10m位距離があったのでよく見て右にエスケープ。
なぜか前の人が止まって自転車を降りたのであわててブレーキ、後ろからケツに突っ込まれたが、速度が落ちていたので問題なし。
すぐに集団を追う。集団は減速していたようですぐに追いつく。
うろ覚えのコースマップで半分くらいで上りがあったはずなので、集団前の方に上がる。
このレースはプロツアーで走っている人も出ていて、せっかくの機会なので走りをみせてもらうかというのもあった。
とくにM野選手の乗り方は参考になった。とてもやわらかい。力感なく速い。泳ぐように走る。こういうのはVTRで見てもわからない。

小高い山が見えてきて、峠ハンターである私にはすぐに分かった。ここが山田。
入り前で先頭付近まで上がって、下がりながら登る作戦。これが一番エネルギー利用的にいいと思う。
が、すごく速くてオールアウト手前で千切れてしまった。

ありゃりゃ、知人のメンツを見ると切れるところではないのに、という思いが焦りに。
KOMの計測を越えて踏む。追いつくことしか考えてなかった。
目が三角形になっていたのであろう、下りという意識が希薄だった。コースを下見しなかったこともあり、下りなのに踏み込んでいた。
左に有名な方が走っていて、あやー黄色いコルナゴかっこいいなぁーなんて見ていたら、コーナーが深くなっていた。
慌ててブレーキすると、後輪がズサーっと行く、あわわあわわとなりブレーキを放すとコーナーがさらに深くなる。。。
車体を左に倒して落車(したもよう)なかなか止まらなく道路右の電信柱が迫ってくる。ぶつかるぶつかる、と思ったら側溝に落ちて身体が落ちてストップした。
やったわー。身体か自転車か、あるいは両方かやったかなぁ。
すこし転がってから立ち上がると、身体は大丈夫なようだ。
自転車を見ると、電信柱に前輪を下にして寄りかかっていた。それを目にした時にとても悲しい気持ちになった。相棒よすまんことした。
自転車を起こしてまたがる。からから変な音がするが、走れるようだ。
左手が痛くなってきた。
通り過ぎた時は気づかなかったが、坂の上の方に先客がいたようで、大丈夫かなと見てると立ち上がったので大丈夫らしい。
数歩歩いたら「イテー、鎖骨折れちゃったー」と言っていた。
自分も骨を確認してみたが、折れてはいないようだ。手のひらの感覚がなくハンドルが握れない。
どうも左手はハンドルを握ったまま転けたみたい。
オフィシャルバイクが近づいてきて「大丈夫ですか?」と訊かれた。
「自分は大丈夫ですが、上の人は酷そうです」と応えた。
残り10km強程を反省しながら自走でゴールまで走る。
途中サポートの人に声をかけてもらったりして、申し訳ない気持ちになった。
こんな馬鹿者に気を使ってもらい、ありがたいと同時にとても恥ずかしかった。
ゴール付近でマコリンの子どもたちに「なんで一周でやめるの?」と訊かれて、「う、うんちょっと転んで」と応えた(堪えた)。
子供は核心をついてくるな。

メイン会場に救急車が入っていて、大怪我した人がいるらしく、見たらH口さんでした。
割りと重傷で縫合が必要だということで、郡山に旅立っていった。

落車の状況を振り返りながら、もりもりカレーを食べた。とても腹が減っていた。
レースが終わり、マコリンも転けたとのことだった。みんな転けたなー。
2周の部の知り合いで無事だったのはI田さん、タローちゃんだけか。気持管理能力(および経験)の差であろう。見習いたいです。

その後は、知り合いの方々と挨拶。
シャカリキさんはクラス優勝とのことで、試走、前日入りと準備が実を結ぶ結果だったようです。見習いたいです。
大尉、おめでとう。
タローちゃん、北の大地で会うことを楽しみにしている。

■リザルト DNF

落車の直因はさまざまなれど、(巻き込まれたなどは別にして)真因の99%はココロの問題と思っています。

もちろん私の今回の落車もそう。
・準備(コースの下見)不足
・遅れを取り戻そうとした
・下りは(わりと)得意だと勘違いしていた
・上記から、スピードの出しすぎ

レース直後振り返ったときには、スピードは30~40kmくらい出ていたんだろうと思っていた。
そして、それほど急な坂ではなかったと転んでからも思っていた。
しかしログを確認すると転ぶ直前のスピードは60km出ていて、ビビった。
あまりにも状況判断が甘い。
あんな軽傷ですんでラッキーだったのだ。
他人を巻き込まなくて本当によかった。
レースというのは自分の限界に挑むことであるので、リスクを取る場面はあると思っている。
ただし、それは極めて限定的な範囲で行うべきであり、腹をくくってやることである。
今回私はダラーっとリスクを犯した。特に意識せずに。気がついたらリスクと肩を組んでコーナーに突っ込んでいた。
アホである。
自分が何をやっているのか、何をやろうとしているのか、わかっていなかったのである。
恥ずかしい。
今年最後のレースを力一杯走りきれなかった後悔を胸に一冬を過ごしたいと思っております。

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